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2007 09,18 01:15 |
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思えば、中東の映画を劇場まで観に行ったのは、これが初めてだ。
公式サイト 製作国=イラン 姉の評価=★★★★☆(白星は★0.5) どちらかと言うと問題提起型の映画なのかな?と思って観に行ったら、それ以上に多くのユーモアも盛り込まれている、楽しい作品だった。今回、この作品の批評を拾い読みして、初めて「セミ・ドキュメンタリー」という言葉を知ったのだが、まさに言い得て妙である。ドキュメンタリータッチで、実際にあっただろう話を描いているのに、意図的に楽しませようとしているのが判る演出があったりして。臨場感があるのに映画としても楽しい作品だった。そして勿論、問題提起という意味でも。 イランでは、女性がスタジアムでサッカー観戦することが許されていない。それでも祖国チームのワールドカップをかけた戦いを応援したい少女たちは、男装し、スタジアムに紛れ込もうとする。この極端な性差別を問題として取り上げてはいるのだが、「権力vs少女たち」という単純図式ではなく、権力を行使する軍人たちには軍人たちで、それぞれ事情を抱えているというイラン社会の現状にも言及している。一瞬、ワールドカップを通じで心を通わせたかに見えた軍人と少女たちだったが、結局お互い相容れる存在ではなかった、というオチも、皮肉が利いててよかった。 面白かったのだが、イランの社会情勢を訴える映画としては、どうにもインパクトが薄かったように思われる。その部分で★0.5減としてみた。 個人的には、スタジアムへ向かうバスの中の描写も気に入ってたりする。女の子が混じっているのに気づきながらも、見て見ぬふりをする男の子たち。代表チームを応援したい気持ちは一緒なんだと、男の子たちが理解してくれているのが、とても嬉しかった。 実を言うと、サッカーにまるきり興味のない私(ドイツのW杯を、開催一ヶ月前まで知らなかった・苦笑)。祖国にあんなにも虐げられている少女たちが、「イランばんざぁい!!」と大声を張り上げて連呼しているのに、ちょっと違和感を感じた。W杯行こうがっどうだろうが構わないではないかという、“サッカー的非国民”の私には、多分到達できない境地だったんだろうなぁ・・・(汗) PR |
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2007 09,15 14:52 |
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久しぶりの韓国映画は、久しぶりのシネカノン有楽町での鑑賞となったこの作品。
公式サイト 製作国=韓国 姉の評価=★★★★ 久しぶりに、とても気持ちのいい涙を流したな・・・と思った。特に真新しいものもなく、タイトルや予告編から想像出来るとおりのストーリーが展開されただけの映画だったが、とにかく終盤から涙が止まらなかった。予想通りの(期待通りの)ラストにも勿論号泣。韓国映画って、こういう「思い通りの展開になってくれて嬉しい」と思わせるような作品が結構多いような気がする。人間の、根本的な情に訴える作品作りが上手い土地柄なのだろうか。 小さなピアノ教室を営む落ちこぼれピアニストと、天性の音楽の才能に恵まれた悪ガキの孤児のお話・・・と聞けば、まあストーリーは多くを説明することもないと思う(笑)。期待通りの展開となってくれたことも嬉しかったが、この作品を鑑賞してよかったな、と思うのは、やはり音楽の存在である。作中で演奏されるクラシックの名曲の数々が、本当に素晴らしい。ここまでガッツリと、ドップリと、音楽を楽しませてくれる映画は『北京ヴァイオリン』以来だ。このところ、こういう音楽を楽しめる映画がめっきり減ってしまったので、ある意味新鮮でもあった。とにかく音楽に関しては期待以上の出来栄え。特にラストの、オーケストラをバックにしたピアノ協奏曲は聴き応え満点でオススメ。 だが、初盤かなぁり酷いベタベタな演出も多く、「あ、こりゃ失敗したかも」と思ったのも事実。そこのところで★ひとつ減としてみた。音楽と人情を同時に楽しみたいという、欲張りな方は劇場にどうぞ!(笑) |
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2007 09,14 00:45 |
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本年度アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『善き人のためのソナタ』で主役を務めたウルリッヒ・ミューエ氏が死去した。なんと54歳の若さ。死因は、6年前私自身が手術を受けたのと同じ病気、胃がんだったとのこと。
このことを、一緒に『善き人のためのソナタ』を観に行った友人が、わざわざメールで教えてくれた。とてもショックだった。数年前に鑑賞した作品ならいざ知らず、本年のアカデミー賞を受賞したばかりの作品の主演俳優さんが亡くなってしまうなんて。ラストシーンで彼の見せてくれた輝かしい表情に涙したのをよく覚えている。派手さはないけれど説得力溢れる演技で、劇場中を泣かせてくれた。以前を作品を知らないが、間違いなく名優と呼ばれる人だったと思う。 『善き人のためのソナタ』は旧東ドイツのシュタージ(秘密警察)の職員が、ある芸術家のカップルを24時間監視しているうちに、彼らの世界に魅せられ、危険を承知で彼らを守ろうとする話である。ウルリッヒ・ミューエは主人公のシュタージ職員を演じた。訃報を聞いた後調べて知ったのだが、彼自身は高校卒業後から、非常に厳しいシュタージの監視下に置かれていたらしい。劇団時代の友人もみな監視員で、6年間生活を共にし娘までもうけた妻も密告者。そんな過酷な過去をお持ちだとは全然知らなかった。 彼の過去を知って、『善き人~』の迫真の演技を理解できたような気がする。親しい人たちに監視され、彼は想像を絶する人間不信に陥ったこともあるだろう。でもそんな苦痛の中でも、人を信じる力を持ち続けていたい・・・そう思っていたのではないのだろうか。その思いが、あの演技に強く表現されていたのでは・・・私は、そんな気がしてならない。 ミューエさん、私たちにかけがえのない感動を与えてくださって、本当にありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。 |
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2007 09,02 23:55 |
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久しぶりにアジア映画を観に行った。
公式サイト 製作国=中国 姉の評価=★★★ いやぁ・・・申し訳ないやら情けないやら悔しいやら。実は眠気と戦ってた記憶が一番鮮明だったりする。最後まで寝ることはなかったが、「寝ちゃダメだ~~」と最後まで食いしばっていた。ここのとこアジア映画をスクリーンで観る機会がなかったので、ものすごく楽しみにして観に行ったのに・・・(涙)。久しぶりの文芸系の映画で、その類の作品を観る勘が鈍っていたのか、あるいは睡眠不足か(実を言うと育児疲れで、娘と離れているだけで反射的に眠くなる身体になってしまった)。★三つは、作品に対する懺悔の気持ちでつけた。 長江の三峡ダム建設のため、水没することになる街、奉節。解体作業が進み、既に水の底に飲まれてしまった地区もあるこの街に、男は妻を捜しに、女は夫を探しに訪れる。多分ちゃんと観てれば、興味深い群像劇になっていたと思われる。この二人の主人公は最後まで何のつながりも持たないが、二人の間を埋める人間関係が面白い。そしてその中に、現代中国の社会問題の数々が垣間見られる、という作品である。奉節に生きる人々の、絶望と生活の息吹が、多分生き生きと描かれていたのだろう。 それにしても・・・情けない・・・無理に時間を作って観に行ったのに・・・。昔は寝不足の映画鑑賞は、迷わずにカフェイン(錠剤)を飲んだものだが、もうあの頃みたいに若くはないしな・・・(苦笑)。 |
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2007 08,16 01:32 |
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ああ、やっと『ハリポタ』最新作の感想が書ける・・・もうそれだけで、嬉しさいっぱい感動いっぱい、である(笑)
公式サイト 製作国=アメリカ 姉の評価=★★★★ 久しぶりに採点に悩んだ作品になった。気持ちとしては★3.5でもいいかな、と思うのだが、前記の『フリーダム・ライターズ』より点数を低くしなくてはならないほど酷い映画でもない。結果、『ハリポタ』シリーズ全てへの敬意を払い、愛しのダニエル・ラドクリフへの贔屓点として★0.5増やしてみた。かなり甘めの評価なのは重々承知。 正直な感想を言ってしまうと、『賢者の石』から『炎のゴブレッド』と、四作品にわたって成長し続けてきた作品が、ここで突然成長を止めてしまったような印象を受けた。『炎のゴブレッド』のマイク・ニューウェルの映画作りがしっかりしていた分、尚の事そう感じてしまう。今回のデビット・イェーツ監督はTVシリーズや短編映画出身の方で、今回が長編映画デビュー作になるという。イェーツ監督自身の将来性は充分感じる仕上がりにはなっていた。しかし、私の大好きな『ハリポタ』シリーズであるなら、ベテランとまでは言わなくても、もう少し映画を作りなれている方に撮っていただきたかった、というのが本音である。 以下より、ネタバレを織り交ぜながらの感想になります。お嫌じゃない方だけ反転させてください。 (ネタバレここから)今回、「成長を止めてしまった」と感じる一番の要因は、コロンバス時代に少し戻ってしまったかのような、不必要な原作への配慮である。例えば屋敷しもべ妖精のクリーチャー。原作では重要なキーキャラだったが、映画で登場させた意図がまるで理解できない。『炎のゴブレッド』ではトビーを切り捨てるという英断さえ行ったというのに。巨人のグロウプもセストラスも同様。原作では箒がアンブリッジに没収されていたという理由でセストラスでロンドンまで飛行することになったが、映画ではそんなこと一切触れられていない。原作未読の方は「何で箒で行かないのか」と首をかしげたことだろう。その他、トレローニ先生ののエピソードや、ケンタウルスの出番など、キュアロンやニューウェルだったらあっさりと切り捨てていただろうくだりがぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、終盤の盛り上がりを削いでしまっているように感じた。こんな風に前監督と比較してしまうのはあまりいいことではないと理解してはいる。しかし、『ハリポタ』のシリーズとしての成長を楽しみにしていた身としては、残念で仕方ないのだ。 とは言え、この作品には素晴らしい部分も沢山あった。特に、ハリーがジェームズの知られざる過去を知ってしまうシーンが挿入されていたのは本当によかった。一見、削除してもよさそうにも感じるが、終盤の、ハリーの内なる戦いの重要な伏線になっている。素晴らしい人物だと信じていた父親が、実は過去酷い人間だったこともあった。どんな人間にも善と悪の部分がある。ハリーは自分の悪なる部分も受け入れて、尚且つ自分の闇に打ち勝つ。「父親に似ている」と言われ続けてきたハリーが、父親の影から脱却した、という描写にもなっている。 終盤のハリーを観て、『スターウォーズ エピソード3/シスの復讐』のアナキン・スカイウォーカーを連想した馬鹿なファンは私だけだろうか?(苦笑)まさにダークサイドとの戦い。アナキンにも、ハリーほどの賢さと愛を信じる力があったら、あんなことにならなかったろうに、などと考えたり。あのシーンのダニエル・ラドクリフの演技には、感動のあまり涙を流してしまった。ダニエルの演技だけでいったら6作中最高だと思う。ゲーリー・オールドマンと、杖を並べて戦っているシーンにも感動。あの戦闘シーンは娯楽大作として一番の見せ場だと思うのだが、思ったよりもあっさり目の仕上がりだった。個人的に残念である(笑)(ネタバレここまで) 演出の話をすると、オープニングやハリーのイメージフラッシュのシーンなどは、短編を作り慣れている監督さんらしい持ち味を感じてよかった。オープニングなど、一瞬誰もが『ハリポタ』だとは思わないだろう、というぐらいダークで驚いたが、逆にド肝を抜かれて気持ちがよかった(笑)。イメージフラッシュも臨場感があって最高。音楽は、ウィリアムズとはとても思えないぐらい地味で「どうした?!」と思ったが、前作より作曲家が変わっていたことに今更気がついた。うーむ、ウィリアムズ、ガチンコで『ハリポタ』作曲はもうしてくれないのだろうか??また『アズカバンの囚人』みたいな素晴らしい楽曲を聞かせて欲しい。 大好きなシリーズなので文句も散々書いたが、シリーズのファンの方には楽しめる作品となっていると思う。ただ、前作と比べても(原作と比べても)ダークな作品になっているので、くれぐれもご注意を!勿論映画版『ハリポタ』として、合格点はつけておきたい。 |
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