|
2026 05,06 21:02 |
|
|
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
|
|
2006 11,21 23:51 |
|
|
念願かなって、アルフォンソ・キュアロンの新作を観て来られた。
公式サイト 製作国=アメリカ・イギリス 姉の評価=★★★★☆ かなりシリアスな映画である。まず最初にこの映画を『トゥモロー・ワールド』だと思って観に行かないほうがいい。これは『人類の子供たち』(原題直訳)という、現代の問題を近未来に置き換えた社会派エンターテイメントだ。この邦題と「人類に子供が生まれなくなった云々」から始まるTVCMのイメージだけで観に行くと、かなり酷い目に遭うだろう。少子化問題をはじめ、不法移民問題、テロ問題などを盛り込んだ本作には、『トゥモロー・ワールド』などというお気楽な気分で見られるような娯楽性は求められない。絶望的な社会を表現する為か、目を覆いたくなるような残虐シーンも多い。最終的な希望の光もあまりにも薄い。その手の映画が苦手な方には、とことん嫌われる類の映画だと思う。 ただ、そんな絶望的な作品だからこそ、軽々しく「命って尊いんだ!」と叫ぶような作品より、よっぽど命の重たさ、人間の尊厳について心に訴えるものがあった。終盤の(ネタばれの為反転)それまで容赦ない発砲で不法移民を虐殺し続けてきた兵士たちが、赤ん坊の泣き声に一斉に静まるシーン・・・あまりにもリアルすぎる(ネタばれここまで)。あれほど現実味のある形で心揺るがされるシーンも、世に多くの映画がある中、数えるほどはないと思う。SF映画ではなく、社会派ドラマがお好きな方に、一度観ていただきたい作品だ。 全体的に単調な作りなので、その辺がお気に召さない方もいるだろうが、それもキュアロンが「一人称を主軸としたカット割り」にこだわった成果だと思う。期待したほどキュアロン・マジックは観られなかったが、それも過度な演出やカメラワークを排除し、「一人称の演出」にこだわった為だと思うと、ファンとしては嬉しいところ。キュアロンにはこれからも、こだわりを感じる演出をみせて欲しい。 全体的な評価は高いのだが、どうしても状況説明不足だけが気になってしょうがなく、★ひとつ減とした。何故世界は崩壊したのか?何故不法移民は突然犬以下の扱いになったのか?何故人類は生殖能力を失ったのか?「イギリスはまだ戦ってる」って、どういういうことなのか??・・・まあ、多分私が気にしすぎなだけなのだろうが。 余談だが、この作品の舞台がイギリスだというところに、また深いものを感じた。イギリスは「難民が特にあこがれる国」と呼ばれ、世界中からの不法移民が後を絶たないという。そんな「難民が憧れる国」で、不法移民があんな扱いを・・・なんて。もし時間があるようなら、『堕天使のパスポート』や『イン・ディス・ワールド』などをご覧になってから、この作品を鑑賞してみてもいいかもしれない。 PR |
|
|
2006 11,19 01:11 |
|
|
『スター・ウォーズ』ほどはまってはいないが、「あなたはポッタリアンですか?」と聞かれたら、迷わず「YES」と答えられる程度には、『ハリー・ポッター』が大好きな私である。出会いは原作のほうが先である。
一作目『ハリー・ポッターと賢者の石』の監督がクリス・コロンバスだと知った時、私は既に「映画」としての出来に関しては、ほとんど諦めがついていた。無難な作品作りに定評のあるコロンバス監督。最低限の仕事はするだろうが、それ以上のこともまずしないだろう、と。それなので、原作に完全に隷属してるような映画を見せられても、「まあこんなもんだろう」ぐらいにしか思わなかった。二作目『ハリー・ポッターと秘密の部屋』を観た時もそう思った。 ところが三作目『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』は、前二作からは想像も出来ないほど、個性的で魅力に溢れた映像作品に仕上がっていた。アルフォンソ・キュアロン監督の、映像作家としての創作意欲の全てを垣間見、キュアロンの魂さえ感じる映画に仕上がっていた。四作目『ハリー・ポッターと炎のゴブレッド』も同様だ。ベテラン作家マイク・ニューウェル監督の映像美の世界を堪能出来る、子供向け映画とは思えないほど重厚な作品になっていた。 この四本の『ハリー・ポッター』を見比べるにつけ、「映画ファンとしての私は、何て幸せなんだろう」と思わずにいられない。世界に名の知れた監督さんたちの個性を、同じ世界観を持つ作品を通して比較することが出来るなんて、そうそうある機会ではない。初版二作でコロンバスがしっかり『劇場版ハリポタ』の基礎固めを行い、そこにキュアロンが魂を吹き込み、ニューウェルが重みをプラスする。ハリーたちとは別に、映画そのものの成長も楽しめるなんて、映画ファンとしてはこの上ない贅沢だと思う。 しかし、作品ごとに違う監督さんがメガホンをとっている為、シリーズとしてのバランスが崩れてしまっていることは否めない。コロンバスとキュアロンのホグワーツはまるで違う場所のようだし、キュアロンの描いたホグワーツを尊重しているニューウェルのものともまた別物になってしまっている。そのような相違は、ロケーションだけに留まらない。 これは完全に私の想像なのだが、プロデューサーのデビット・ヘイマン氏は、『ハリー・ポッター』に、シリーズとしての整合性を既に求めていないのではないのかと思う。私は映画版『ハリー・ポッター』は「数多の監督たちによる映像の祭典」と位置づけている。原作の“魂”さえ盛り込まれていれば、忠実さなんて求めない。そんなものよりも、それぞれの映像作家さんたちの個性を楽しみたい。そこまで大げさなことは言わないだろうが、ヘイマン氏の本音も、実はそれに近いのではないか、という思いが拭えない。 五作目『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』は、『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ監督、『モンスーン・ウエディング』のミーラー・ナーイル監督などにオファーが行っていたという。いづれもアプローチに失敗し適わなかったのだが。しかし、全く個性の違う三人にメガホンを取らせたその上に尚、一癖も二癖もある監督を乗せようとしていたのだ。私にはそれが、色々な監督さんに『ハリー・ポッター』を撮らせてみたいという欲求が、シリーズの整合性に打ち勝ってしまってるように見えるのだ。 もう既に製作が開始されている五作目を除くと、残る『ハリポタ』は後二本。一体どんな監督さんが撮ってくれるのだろうか。今から本当に楽しみだ。そしてヘイマン氏には、次こそは慎重なアプローチをお願いしたいと思う。 |
|
|
2006 11,05 00:26 |
|
|
この数年、意識して読んでいる浅田次郎原作。お気に入りの一冊で、公開を心待ちにしていた。実家に帰省中、近所の劇場で公開してると知ったので、駆け足で鑑賞してきた。
公式サイト 製作国=日本 姉の評価=★★★★☆ 邦画を劇場で観るなんて、何年ぶりだろうか。字幕にまで神経を使わずに鑑賞できるのはこんなに楽なことなのかと、妙なことを実感してしまった(笑)。もっと邦画も観るべきなのだろうが、このブログでも先だって書いたように、どうしても金を払ってまで邦画を観る気になれないのだ。日本人が日本語で喋ってるので、リアルすぎて映画を観てる気になれなくなってしまうのが、おそらく嫌なのだろう。 悲しくて、切なくて、でも幸せを感じる作品だった。親子には、そして男と女にも、どうしても分かり合えない一線というものがある。知り合う前の相手を、永遠に知ることが出来ないからだ。その「永遠」の部分を知ってしまった時、何を失い何を得るのか・・・。原作を読んでるので、どうしても脚本に甘さを感じてしまうのも事実だが、原作の魂はきちんと受け継がれている秀作だと思う。私の大好きな「地下鉄(メトロ)に乗って」が、このような形で世に再び知られることになるなんて、原作ファンとして幸せだ。 若干編集が私好みではなかったが、まあこれは個人の嗜好の差以上の違和感ではないだろう。原作読みとしての「目」とその嗜好の差により、★ひとつ減とした。是非、原作未読の方の感想を伺ってみたい。原作ファンは、どんな作品であっても最強にして最悪の映画評論家となってしまう。私も例外ではない(苦笑)。 浅田次郎作品、今度は是非「王妃の館」を映像で見てみたい。主人公のシェフ役にはジェラール・ドパルディー、監督には『アメリ』のルネ監督を強く希望する(笑) |
|
|
2006 11,04 01:04 |
|
|
前にこのブログでも熱く語った、私が今、一番愛する映画監督アルフォンソ・キュアロン。彼の新作が、11月18日に公開になることを、ついさっきTVCMで知った!忘れないようにメモしておこう。
『トゥモロー・ワールド』 キュアロン、今度は近未来に挑戦かぁ・・・『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』直後、「もうブルースクリーン使う映画は撮りたくない」などと仰ってた記憶がるのだが(笑)。いづれにしても公開が待ち遠しい。大作なので、おそらく近所の劇場でも上映されるだろう。万難を拝し、観に行ってやる!! そうそう、どなたか、この映画の情報ご存知の方、いませんか?? 『パリ、ジュテーム』 20本にも及ぶオムニバスで、キュアロンもそのうちの一本、メガホンをとっているとのこと。こちらもすこぶる楽しみ。日本からは周防敦彦監督が参加しているらしい。来春公開だというのに、驚くほど情報がない。どなたかこの映画についてご存知の方、情報お寄せくださいませ(ぺこり) それにしても『アズカバンの囚人』から長かったこと・・・(涙) |
|
|
2006 10,30 23:15 |
|
|
時間がない。でも、あまり記事の数が少なくなっても、ブログの意味がないので何か書こう、と思ったら、上記タイトルしか思い浮かばなかった(苦笑)
Yahoo!映画紹介ページ 原題“Les Invasions barbares”(野蛮の侵入) 山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』がアカデミー外国語映画賞にノミネートされた年、同作品を押しのけて受賞となったことで、公開時だいぶ話題になった作品。正直、あまり気持ちのいい作品ではない。しかし、ものすごく知的で興味深い映画だ。原題の「野蛮」は、主人公セバスチャンが振りかざす“超資本主義”を始め、異文化間の異なった価値観などをさしている。父親レミが病床で友人たちを交す会話のひとつひとつが面白い。「イスラエルに平和がこないのは神がいるせいだ」「20世紀が血まみれの世紀?核爆弾もないのに数万人もの南米人が撲殺された16世紀よりマシさ」などと言い合っては、ハハハ、と笑ってみせる。そして最後は息子セバスチャンにより、自分の思い通りの死を迎える。 『みなさん、さようなら』という映画を観に行った私は、まさかこれがこんなにシビアな作品だとは思いもしなかった。この邦題では、どう考えたって感情的で感動的なストーリーを想像してしまうだろう。当然予告編もそれを髣髴させるものになっていた。観終わった後はただ違和感しか残らなかった。ロビーに貼ってある雑誌記事で、これが本当は『野蛮の侵入』という映画なんだと知ったとき、その違和感の正体を思い知らされた。 もしはじめから『野蛮の侵入』だという映画だと知って観に行っていれば、もっと心に残る作品になっていたはずだ。しかし、『みなさん、さようなら』などという、作品のテーマにまるで引っかからない邦題のせいで、ただ気持ち悪く、違和感のある作品にしかならなかった。本当に残念でならない。一本の名作が、邦題ひとつで魅力を失ってしまうなんて。 タイトルも作品の一部なんだと言うことを、改めて思い知らされる作品となった。もしこれから鑑賞予定のある方は、『野蛮の侵入』という映画を観るつもりで、DVDをお手になさったほうがいいだろう。 |
|
| 忍者ブログ [PR] |



