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2008 06,19 09:46 |
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どうも。またもや体調を崩していました。どうにか復活。5月に自宅で鑑賞した作品の感想をやっつけたいところだけど、新作を観て来たのでそちらの感想を優先させようと。
公式サイト 製作国=アメリカ 姉の評価=★★★★★ 『サンキュー・スモーキング』でデビューし、二作目の本作でアカデミー監督賞にノミネートされた、ジェイソン・ライトマン作品。当初観に行くつもりはなかったが、ライトマン監督作だと知ってから、公開を心待ちにしていた。良作。観に行って本当に良かった。 今回は、16歳で妊娠した少女ジュノが主人公。タバコ業界のスポークスマンが主人公だった前作同様、一見アンモラルな題材を取り上げている。そして前作同様、一本の中で、多くのことが語られている作品だった。 私も一人出産してる母親だ。妊娠や出産は、「命の尊さ」とかと絡ませて、ものすごく神秘的なものとして美化されるのが、特にこの日本での現実。しかし、妊娠した本人からしてみれば大して神秘的なものではなく、良くも悪くも「ヤッたから出来ちゃった」以外の何者でもない。私はジュノと違って結婚してから妊娠した。それでもテスターの「+」は十字架に見えた。この作品のレビューでよく、「命の尊さがわかってない」とか「母親の責任がなってない」とか言う男性側からの批判を見かけるが、そんなものはクソくらえだ。この世に、「命って尊いものだぁ」と思いながらセックスする人間などいるだろうか。それは大人だって、男だって変わらないことだ。 以下、ネタバレになるので、お嫌じゃない方だけ反転を。 (ネタバレここから)個人的にこの作品から一番感じたのは、「他人からもらおうと自分で産もうと、“親になる”のは一大事」ということだ。「いらないからあげる」「出来ないからもらう」・・・当初、そんな風に考えていた登場人物たち。それが、妊娠が進むにつれ、ジュノ、ポール、マーク、ヴァネッサ、それぞれに親になることの重大さに気づいていく。それに気づいたマークは逃げ出し、ヴァネッサは一人になることでより強い母親になる。ジュノは子供を捨てることの本当の苦しみを知り、ポールはジュノと苦しみを分かち合える男に成長する。親になることを軽く考えていた4人がそれぞれに出した結論は、いづれも、親になることがどれほど大変かを語っているように思われた。 何がおきても、自分の思いを貫き通すジュノは、本当にすごいと思った。妊娠を知ったときも、いつまでもぐじぐじせず、「何が自分たち(胎児を含め)に最善か」を考え、実行する。マークが突然ヴァネッサと離婚すると言い出しても、いつまでも泣いていないで、里親に適任だと感じたヴァネッサに全てをゆだねる。「前向き」なんて悲壮感のある言葉では表現できないジュノの行動に、とても好感が持てた。 個人的には、出産直後のジュノとポールのシーンが一番良かったと思う。「出来ちゃった。人にあげちゃうね」「うん助かるよ」・・・そんな会話をしていた二人だったけど、最後には、子供を捨てる苦しみを分かち合い、絆の深いカップルになった。あの一瞬だけ、彼らは「父親と母親」だった。二人は、あの出産の日のことでいつまでも苦しみ、後悔しながら、生き続けるだろう。その苦しみを共に背負ってくれる相手がいることに、感謝しながら。 また、「赤ちゃんとは関わりを持たない」という思いを貫いたジュノを、私は擁護したい。どうしようもない事情で子供を手放すとしたら、その子とは一生関わりを持たないという覚悟がなければならない。ジュノには、初めからそれがちゃんとわかっていた。その覚悟がないなら、赤ちゃんを手放すべきではない、と。 この作品では「家族の絆」も充分に語られていた。特に感じたのは、ジュノとブレンダの関係。継母として10年の年月をジュノと過ごしたブレンダは、常にジュノの見方だった。家族の絆って、血のつながりじゃなくて、過ごした時間とその内容が重要なんだな、と、改めて感じた。(ネタバレここまで) 演出としては、CM出身のライトマン監督らしいこだわりがあちこちに見られて、本当に楽しかった。『サンキュー・スモーキング』と比較しても、人物描写が益々良くなってきている。今後、熱烈なファンになってしまいそうな予感が・・・(笑)。父親アイバン・ライトマン氏に負けず、これからもずっと活躍して欲しい。 日本では、『14歳の母』とかいうドラマと比較されることも多い本作。同じテーマを扱っているというのなら、本作のほうが断然上である。あのドラマは悲壮感だらけでうんざりした挙句、特に「命の尊さ」を感じることもなかった。あんなドラマで10代の妊娠を食い止められると思ったら大間違いだ。 色々思うことだらけの作品だが、一言でまとめるとこうなる。「共感は出来ないけど、好感は持てる」。賛否両論ある作品なので、是非一度、ご自分の目でご覧になって、是か非かを考えていただきたい。 PR |
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2008 06,06 00:15 |
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続いてこちらも、5月にTV放送されていたのを鑑賞したもの。
公式サイト 「災害もの」映画の定石が全て盛り込まれた、よく出来た娯楽大作だった。 「警鐘を鳴らす主人公が無視される」 「被害が現実のものとなり始めて、政府トップが突然慌てる」 「予想以上の被害に、全世界がパニックに」 「そんな中、家族と疎遠だった主人公が、家族の絆を試される」 「主人公と家族が感動の再会を果たす」 まあ、こういった「お決まり」に、現実に起きてる環境破壊問題を乗せ、ドラマティックなエンターテイメントにしている。主人公と家族のドラマのほかにも、多種多様な人間ドラマが盛りだくさんで、そういう意味でも見所のある作品だった。『インディペンデンス・デイ』の監督さんが撮られたということだが、観ていてそれも納得。『インディペンデンス~』も、色々な人間ドラマが楽しめるパニック映画だった(笑) 勿論これは娯楽映画なのだが、実際の気象データを元に作られていると言う話をどこかで読んで、怖くなった。氷河期かどうかはわからないが、このまま環境破壊を無視していれば、パニック映画の世界が現実のものになってしまうな、と。隕石やエイリアンに襲われるよりも、よっぽど可能性があるじゃないか、と。 思ったのだが、この作品はアル・ゴアさんの『不都合な真実』とセットで上映したら良いのではないのだろうか。初盤、副大統領が「環境よりも経済のほうが大事」とのたまうシーンで、実在の某親子アメリカ大統領を連想した方も多いと思う。実は『不都合な真実』に、その発言シーンが納められてるのだ。架空の副大統領と実在の大統領の発言を、皮肉交じりに比較してみるのも面白いかもしれない。エンターテイメントで取っ掛かりを作った後、ドキュメンタリーで環境問題を勉強する、と言うのも、悪くないと思う。 |
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2008 06,05 22:41 |
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5月にTV放映していたのを鑑賞した。
公式サイト 「ナルニア国」に関しては、原作の第一章だけを読んだことがある。第二章以降は、いつか読もう読もうと思いながら、結局今日まで未読のまま。結局、第一章のTV放映のほうが先になってしまった(苦笑)。 『ハリー・ポッターと賢者の石』よりは出来のいい作品、というのが第一印象。これはどんなシリーズでもそうだが、特殊な世界観を持つシリーズの第一作目というのは、どうしても捨て駒的なつくりになってしまう部分があると思う。次に続くシリーズのために、映画の世界観をしっかりと説明して、シリーズの土台にしなくてはならないからだ。この作品も、全体的に起伏、というか抑揚がなく、「あ、頑張って原作の世界作ってるな」という空気を、随所で感じることがあった。 しかし、完全に原作に隷属した作りになってしまった『ハリポタ賢者の石』よりは、映画として独立した出来になっていたと思う。何の差なのかはわからないが、こちらの『ライオンと魔女』のほうが、“捨て駒感”のない、まとまった映画になっていた気がするというか・・・まあ、この辺は個人の趣味の差なのかもしれないが。 一番好きなシーンは、タムナスさんとルーシーの出会いのシーンだ。「ああ、これが全ての始まりなのね」と、思わずときめいてしまった(笑)。女王の登場シーンも、原作のイメージどおりで嬉しくなったり。強いて言えば、もうちょっと戦闘シーンに山場を当ててくれれば、もっと楽しめたのに、と思った。 主演の4人の子供たちは、「普通の子供」という感じがあって、本当に良かった。『ライオンと魔女』では、流れで王座についてしまった感もある彼らだが、続編ではもっと能動的な英雄になってくれるのだろうか。まずは原作の「第二章」からやっつけたいと思う。 |
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2008 06,04 00:05 |
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ヘイデン・クリステンセン目的に鑑賞して来た(笑)。
公式サイト 製作国=アメリカ 姉の評価=★★★★ 1960年代のニューヨーク、ポップ・アートの旗手アンディ・ウォーホルのミューズとなったイーディ・セジウィックの波乱の人生を描いた物語。と、解説どおりに説明してみたが、実を言うと、アンディ・ウォーホルについては「キャンベルスープの缶が沢山並んだ絵を描いた人」ぐらいのことしか知らず、イーディ・セジウィックに至っては名前すら知らなかった。ボブ・ディランから公開差し止めを要求されたり等、好ましくない話も多かったらしいが、伝記映画としてはまずまずの出来なのではないのだろうか。若干ヘイデンへの贔屓点で甘口にしてあるが、まあ★4つでいいのではないかと思う。 旧家の子女だったイーディが、芸術を志してニューヨークへ。そこでアンディと出会い、お互いに感性を刺激しあう、友情以上の絆で結ばれる。そこに現れるのが、イーディが「心から愛した唯一の人」と語るロック・スター。彼との情熱的な恋は、アンディにとっては裏切りだった。アンディとの間に大きな溝を作ってしまったイーディには、転落の人生が待っていた。 どこまでが事実でどこからが脚色なのかは判らないが、映画としてのストーリーの作り方、ストーリーの見せ方は、かなりよかったのではないかと思う。伝記映画の中には、偉人の人生を「あれもこれも」と盛り込みすぎて、結局何が言いたいのか良くわからなくなってしまってるのも少なくない。この作品からは、イーディとアンディの関係、イーディの生き様を描こうという「映画としての姿勢」を感じられた。事実との間に相違があるのかも知れないが、個人的にはこういう作り方の伝記映画は好きだ。所詮、人の人生を二時間で納めることなんて不可能なのだ。それなら、多少の相違があっても、「その人物の何が語りたいのか」を明確にしてある作品のほうが良い。 イーディ・セジウィックは、まさに駆け抜けるように時代を走りすぎた。そしてアンディ・ウォーホルとの間には、恋人同士のそれに酷似した絆があった。そんな女性が60年代に確かに存在していた。この作品からは、そんなイーディの走りすぎるような生き様、彼女の生きた60年代の息遣いなどを、熱烈に感じることが出来た。 ヘイデンに関しては、『ジャンパー』よりもはるかに素敵な彼を観ることが出来て大満足だった。個人的には、大作で主演をつとめる彼より、小さな作品でも、味わいのある映画に出演している彼のほうが好きみたいだ。彼の出演シーンの一秒一秒を、噛み締めるように観てしまった(笑) 自分に芸術の知識が全くないせいか、イーディ・セジウィックという女性の存在を知っただけでも、ためになる映画だと思った。イーディやアンディ・ウォーホルに詳しい方がご覧になったら、まるで違う感想が出てくるのかもしれないが。彼女にほんのちょっとでも興味の沸いた方がご覧になるのに良いのではないのだろうか。 |
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2008 05,27 01:18 |
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ご無沙汰してしまいました。5月に入って、劇場で二本、TVなどで三本鑑賞。暇を見て、順次感想更新していきます。
まずは、久しぶりに劇場まで観に行った邦画となったこの作品。 公式サイト 製作国=日本 姉の評価=★★★★ 実はTVシリーズが大好きで、すっかり杉下右京のファンになってしまっている私。同じくシリーズのファンだという友人と鑑賞した。この手の映画は、出来そのものより「制作され、公開されることに意義がある」という部分が大きいので、正直この作品も、どの程度の仕上がりになるかとても心配していた。しかし、TVシリーズからの映画としては、かなり良い作品になっていたと思う。満点とまでは行かないが、文句なしの合格点だ。 この作品は、『相棒』ファンとそうじゃない人、どちらも楽しませなくてはと、非常に気を使った作りになっている。乱暴な言い方をすれば、前半は「TVシリーズを知らない人を楽しませるためのパート」で、後半は「シリーズのファンのためのパート」という感じ。前半は、とにかくアクション、アクション、アクションなのに反して、後半は『相棒』クオリティ全開。正直、映画の作り方としては違和感が残るし、「これでいいのか?」と疑問を感じるが、劇場に来た全ての観客を満足させるための苦肉の策だったのかな、と今では思う。★ひとつ減にしたのは、この違和感と、「楽しませなくては」と気を使うあまり、細部に甘さが残ってしまった節があるからだ。 以下、ネタバレ感想になります。 (ネタバレここから)『相棒』の魅力のひとつには、実際に起こっている社会の矛盾や疑問を題材に取り上げていることが挙げられる。今回取り上げられていたのは、架空の国名を使ってはいるが、数年前に起きた「イラク邦人人質事件」であるのは明らかだ。度の過ぎたマスコミの報道やバッシング・・・あれは間違いなく、日本人が反省しなければならない事件だ。 個人的なことになるが、当時、Web上の日記に「人質になった彼らに出国許可を与えた日本政府にも責任はある」といった中身で、“嫌がらせバッシング”に反発する書き込みをした。それに対し、親しかった友人からメールが来た。それは、私の認識不足と知識不足を攻撃的に糾弾する内容のものだった。私はそれにとてもショックを受け、三日三晩寝ることが出来ないほどの傷を、心に負った。そしてその傷は、現在に至るまで完治していない。 あの人質事件では私のように、当事者以外にも傷つけられたり、あるいは人生を狂わされた人が沢山いた。「あの事件を忘れてはならない」・・・予告編の言葉どおりだ。この作品は、年月と共に完全に風化してしまったあの事件を、観客に思い出させる。それだけでも、充分存在意義のある作品だと思う。 とは言え、やはり細部の甘さには、ちょっと目を瞑りきれない部分も多くあった。何より、あの父親が犯人だと言うのが中盤からバレバレだったのが、個人的には物足りなかった。ほんの端役が犯人かもしれない・・・と、騙されるのを期待しながらTVシリーズを観ていたファンは、特にそう思ったのではないだろうか? 『相棒』ファンとしては、「小野田さんの回転寿司」「船を操舵するイタミン」「右京さんを救出する薫ちゃん」と、思わず胸熱くなるサービスが満載で、とても嬉しくなった。TVシリーズのキャラクターも、無理のない形で端役出演してくれてたし。ただ、片山雛子・・・彼女の役回りだけが非常に不満。あれじゃただの「いい人」じゃん。何の裏もなく、あんなことする女じゃないのに・・・(苦笑) TVシリーズをご覧になってなくても楽しめる作品だとは思うが、やはり少しでもシリーズに触れてから鑑賞なさるのをオススメしたい。勿論『相棒』ファンの方は是非! |
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